ー バベル ー
私には言葉がない。「それ」を語る言葉がない。
「よし、われわれは降りていって、あそこで彼らの言葉を混乱させ、彼らの言葉がたがいに通じないようにしよう」(創世記 11 : 7)*
バベルについて何か語ろうとした私は、すでに言葉を失っていた。失ったのか、そもそも言葉があったのかさえわからない。もどかしさにじりじりしていると、目の端に走り去る影がちらっと見えた。今だ、影でもよいから写しとっておこう。けれどもたちまち混乱して、何をどうすればよいのかわからない。
バベルはブリューゲルの「バベルの塔」のコピーでできている。大量のコピーを積み重ね、撮影が終われば回収し、また初めから積みなおす。旧約聖書のバベルの塔は、傲慢になった人間が天にも届く塔を建てようとする話だが、思えば私も塔を積み重ねている。始まりは一冊の本だった。折り込み頁を広げるとバベルの塔が流れ出た。頁は増えつづけ、本は形を失い、あちこちに塔が建ち、王が至るところに現れた。カメラに収め、写真に焼く。そうしてバベルは増えていく。
井川淳子
*『旧約聖書 創世記』関根 正雄 訳、岩波書店、1956
- Year
- 2010
- Edition
- ed.10
- Medium
- ゼラチン・シルバー・プリント
- Size
- 40.6 × 50.8 cm
- Stock
- ○ Available
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