-
No.3974
無題
紙にグアッシュ
54.8 × 79.3 cm -
No.3991
題不詳(少女像)
紙に鉛筆
38 × 27 cm -
No.3992
題不詳(鉢と花)
紙にドローイング
29.4 × 27.0 cm -
No.3993
題不詳(ワイン瓶)
紙に木炭、鉛筆、水彩
26.8 × 35.7 cm -
No.3994
題不詳(花瓶に花)
紙にドローイング
26.8 × 38.1 cm -
No.3995
題不詳(白い花)
紙にドローイング
26.9 × 38.0 cm -
No.3996
題不詳(少女像)
紙にドローイング
38.1 × 27.0 cm -
No.3998
題不詳(向日葵)
紙にドローイング
26.9 × 32.2 cm -
No.3999
題不詳(皿に魚)
紙にドローイング
26.0 × 36.5 cm -
No.4000
題不詳(卓上静物)
紙にドローイング
27.1 × 38.2 cm -
No.4001
題不詳(花瓶に花)
紙にドローイング
38.0 × 26.0 cm -
No.4003
題不詳(高台鉢にいちじく)
不詳
紙、孔版画
26.9 × 38.0 cm -
No.4004
けし(1)
ed.5
紙、孔版画
29.2×26.9 cm -
No.4007
題不詳(顔)
不詳
紙、孔版画
28.2 × 13.4 cm -
No.4009
題不詳(クワイ)
ed.10
紙、銅版画
8.5 × 15.5 cm -
No.3958
作品名不詳(裸婦立像)
不詳
孔版
22 × 18 cm -
No.3870
作品名不詳
ed.10
孔版
16.5 × 16.4 cm -
No.3871
作品名不詳
不詳
孔版
35.8 × 20.9 cm -
No.3869
ひまわりとあじさいと魚
ed.10
孔版
19.1 × 37.8 cm -
No.3829
静物(梨と赤い実)
E.P.A
孔版
14.6 × 34.8 cm -
No.3828
いちじく
ed.10
孔版
21.3 × 28 cm -
No.3802
チューリップ
ed.10
孔版
24 × 12.3 cm -
No.3719
紫陽花
E.P.A
孔版
24 × 18.2 cm -
No.3500
青い実
E.P.A
孔版
72 × 22.6 cm -
No.3919
蓮の花
ed.10
銅版画
36.6 × 24.2 cm -
No.3709
紫陽花
ed.10
孔版
18.5 × 41 cm -
No.3660
作品名不詳(クワイ)
ed.10
孔版
35.8 × 10 cm -
No.3555
作品名不詳(魚と実)
ed.50
孔版
11.0 × 16.8 cm -
No.3559
静物(実)
E.P.A
孔版
14 × 34 cm -
No.3538
紫陽花
E.P.A
孔版・銅版画
18.2 × 18.4 cm -
No.3232
孤島の館
ed.75
銅版画 (雁皮刷)
32.5 × 38.5 cm -
No.3280-1
こわれた家(やせはてた青春の思い出)
ed.150
孔版
8.6 × 10.5 cm -
No.3280-2
小さな世界
ed.150
孔版
12.4 × 10.1 cm -
No.3718
魚と小貝
ed.10
孔版
17.9 × 28 cm -
No.3710
日と冠と
不詳
孔版
53.6 × 34.8 cm -
No.3708
裏庭
ed.5
孔版
37.2 × 53.1 cm -
No.3746
作品名不詳
ed.5
孔版
23.6 × 37.0 cm -
No.3680
木々
ed.10
孔版
32.1 × 21.4 cm -
No.3677
裸婦
ed.10
孔版
35.6 × 12.2 cm -
No.3557
森の光
ed.12
孔版
46 × 31.8 cm -
No.3570
なの花と海
E.P.A.(ed.5)
孔版
17.9 × 35.7 cm -
No.3560
紫陽花
E.P.A.
孔版
28.4 × 19.9 cm -
No.3606
わらび
ed.10
孔版
17.8 × 23.9 cm -
No.3283
ふくろう
ed.10
孔版
25.5 × 21.5 cm -
No.3554
鉢に実
E.P.A
孔版
14.3 × 26.8 cm -
No.3558
岸辺の舟
E.P.A.
孔版
21.4 × 34.6 cm -
No.3497
作品名不詳(女性像)
ed.5
孔版
29.8 × 22 cm -
No.3295
静物
ed.5
孔版
27 × 30 cm -
No.3334
あじさいと魚
ed.10
孔版
21.5 × 37.7 cm -
No.3057
枯木
ed.10
孔版
36.1 × 23.8 cm -
No.3405
作品名不詳(静物)
ed.5
孔版
27 × 29.9 cm -
No.3370
作品名不詳(風景)
不詳
孔版
17.5 × 38.1 cm -
No.3031
プロフィール
E.P.A. (ed.15)
孔版
19.7 × 17.7 cm -
No.3307
杏
ed.5
孔版
18.4 × 43.7 cm -
No.3280-4
海の生物
ed.150
孔版
10.4 × 7.4 cm -
No.2314
少女
ed.5
孔版
26.8 × 27.7 cm -
No.3213
はすと青い実
不詳
孔版
15.9 × 41.7 cm -
No.3221
作品名不詳(魚)
ed.10
孔版
11 × 19.6 cm -
No.3314
砂丘
ed.5
孔版
18.5 × 27.5 cm -
No.3381
魚(きす)
E.P.A
孔版
58.2 × 30 cm -
No.3226
作品名不詳(魚)
E.P.A
孔版
30.5 × 57.3 cm -
No.3333
海の静物
ed.5
孔版
33.8 × 23.2 cm -
No.3280-8
枯木
ed.150
孔版
6.0 × 13.9 cm -
No.3651
木
ー
キャンバスに油彩
15号M -
No.3516
漁火
ー
キャンバスに油彩
53 × 33.3 cm (10号)
1923年東京都中央区日本橋生まれ-1986年
福井良之助が雪景色や舞妓で知られる洋画家として名を馳せる以前、
1955年頃から約10年の限られた期間、集中して取り組んだのが謄写版による孔版です。
美校の鋳金部仕込みの手先の器用さと、
絵肌への徹底したこだわり、身近な事物を描きながらも、そこに設定された絶対的な距離感。
福井が着目した、通称「ガリ版」と呼ばれるこの技法は、
昔学校などで配布するプリントを先生が手を黒くしながら刷るのに使ったそれであり、
当時、美術の道具だてとしてはかえりみられることの少ないものでした。
意外なメディアの選択と、すぐれて自己流であり、その繊細さにおいて並々ならない原紙づくりの探求によって、
それそのものをまったく別物のメディアとして生まれ変わらさせてしまったはなれワザ。
孔版に向けられた若き日の福井の純粋なパワーこそが、いまでも作品に生々しく血を通わせています。
福井の制作態度とこの充実した期間は、
どの時代の作家にとっても普遍的なテーマを含んでいるところにますます興味がひかれます。
特殊な製版方法ゆえ、5部から15部ほどしか刷ることができず、
発表当時アメリカのコレクターに高く評価されたこともあり、
その多くは海外流出の道をたどりました。現在280を越える種類が確認されていますが、
2005年の福井良之助孔版画展(佐倉市立美術館・高崎市美術館・岩手県立美術館)での図録が発行されるまで、
まとまった資料も乏しくほとんど散逸状態にありました。
ギャラリー石榴ではそうした孔版画に加え、
それ固有の絵肌と空気感を引き継ぐながれにある油彩作品を随時ご紹介していきます。
COLLECTION50音順
国内
- 一ノ関博物館、岩手
- 岩手県立美術館、岩手
- ウッドワン美術館、広島
- 河口湖美術館、山梨
- 高崎市美術館、群馬
- 遠野市立博物館、岩手
- 東京国立近代美術館、東京
- 東京都現代美術館、東京
- 富山県近代美術館、富山
- 町田市立国際版画美術館、東京
- 三重県立美術館、三重
- メナード美術館、愛知
- 米子市美術館、鳥取
- 和歌山県立近代美術館、和歌山
海外
- サンフランシスコ美術館、サンフランシスコ
- シカゴ・アート・インスティテュート、シカゴ
- セントルイス美術館、ミズーリ
- デヴィソン・アートセンター、コネチカット
- ニュー・サウス・ウェールス国立アートギャラリー、シドニー
- ニューヨーク近代美術館、ニューヨーク
- 米国国会図書館、ワシントンD.C
福井良之助の孔版画について
福井良之助(1923-1986)はその生涯を洋画家として活動したが、彼は戦後日本を代表する版画家でもあった。そうした評価は通称・ガリ版として知られる謄写版を用いた版画表現に対するものである。ただし、そのほとんどは福井が三十代前半であった1955年頃から約十年間に集中して制作されている。
謄写版とは蝋(ロウ)引きの原紙を鑢(ヤスリ)板にあて、これに鉄筆で線などをひいて蝋をはがし、紙の繊維孔からインクをにじみ出させて印刷する孔版画の一種である。福井と孔版画との関わりは義兄の営む謄写印刷業のアルバイトから始まる。まず、それは結婚して双子の男の子を授かったばかりの福井が家族の生活を支えるための手段であったが、彼は生来の探究心からこの技法の持つ可能性を追求し始める。そうして油絵具やニスを用いたり、銅版画と併用したりすることで、福井独白の極めて緻密かつ豊潤な孔版画を制作するに至る。
しかし、福井の孔版画については、特殊な製版方法であったために作家が納得出来るものがごく少数しか刷れなかった上、その多くが海外へ渡ってしまった経緯などから、現在ではその存在や詳細が不明となっている作品も多い。2005年開催の「福井良之助孔版画展」(注1)において作成した「版画目録」も、掲載作品259点の内、82点の制作年が不詳であるなど、あくまで暫定的なものであった。
また、目録作成にあたって海外のパブリック・コレクションを調査したところ。福井の作品はアメリカではMoMA等、美術館6館と国公立図書館2館、オーストラリアでは公立美術館1館に収蔵されていた。尚、1969年のエッセー(注2)で福井は、俳優のユル・ブリンナーやジョージ・チャキリス、スイス大使夫妻らとの交流について触れているが、今後はこうした海外のプライベート・コレクションの現状調査も重要であろう。近年、「版画目録」に掲載されていない孔版画が数点見つかっているが、その内2点はアメリカから戻ってきたことが確認されている。
これらの事情から、福井の孔版画に関する調査研究はまだ始まったばかりと言っても過言ではない。残念ながら今日では福井の版画家としての評価は少々曖味になっている感がある。まずは、この度のカタログ制作を機に一人でも多くの方に福井の孔版画の存在を知っていただきたいと願うばかりである。
注1・・2005年3月から7月まで佐倉市立美術館、崎市美術館、岩手県立美術館の順で開催された巡回展。
注2・・『異国の友人たち』(『藝術新潮』1969年11月号 107ページ|新潮社)
反抗者としての福井良之助
佐倉市立美術館で福井良之助の展覧会を見たのは、ほんの偶然だった。近くにあって、申し訳ないがはるかに名の知れた国立歴史民俗博物館か川村記念美術館に行った帰りに、せっかくここまで来たんだからと寄ってみて、そうしたらちょうど福井良之助展が開催中だったと思う。
洋画家としての福井良之助も僕は不勉強で知らなかったから、壁にずらりと並んだ孔版画のシリーズには心底驚いた。孔版といえば聞こえはいいが、ようするにガリ版だ。いま56歳の僕ですらかろうじて、小学校の低学年あたりに学校のプリントに使われていたぐらいの思い出しかないガリ版から、これほど精緻な画面と優美な彩色が生まれるとは ―いったいどんなふうにしたらできるのか、想像もつかない。
19世紀の終わりにエジソンが発明し、日本の堀井新治郎が完成させたというガリ版=謄写版は、終戦後の1950年代から60年代にかけて、日本でもっとも一般的な簡易印刷システムだった。学校のプリント、映画の台本、労働運動のアジピラ ―それは芸術的な技法でもなんでもなく、その当時いちばん安くて手軽な複製メディアだったにすぎない。
2012年のいま、福井良之助の孔版画を見るものは、そのデリケートな美しさに感動するわけだが、福井が孔版画を集中的に制作していた50年代中期から10年足らずの時期は、世の中にガリ版があふれていた時代だ。レトロでもなんでもなく。専門家にしか使いこなせないものではない、いちばんありふれていた画材、それがガリ版だった。そして福井はその、当時の感覚で言えばまったくアーティスティックではない、究極に「ダサい」メディアを、みずからの表現方法としてあえて選びとっていたのだった。
数年前、奄美大島に屋嘉比ひろしというアーティストの取材に行ったことがある。ひろし君は高機能自閉症で養護学校中等部に通いながら、お母さんが買ったパソコンについていたペイントというお絵かきソフトをいじっているうち、突然に絵を描きはじめた。田中一村の絵を模写したり、大好きなフェリーや自動車や中島みゆきを、わずか10分かそこらで、それもタブレットすら使わずマウスだけでサッと描き上げ、そのあとは「放っとくと消しちゃうんで、わたしが保存してるんです」とお母さん。そしてその絵は、ちょっと大竹伸期の『日本景』を思わせるような、見事に単純化された色面によるユニークな作品だった。
何十万円もするアドビのイラストレーターやタブレットではなく、おまけについてるようなお絵かきソフトとマウスから、プロにも負けない作品が生み出される痛快さ。それが絵画でも、僕が仕事にしている写真でも、ほかの分野でもそうだろうが、往々にして高価な道具や素材を使うことが、優れた作品を作る前提と勘違いされる。まるで必要ない高解像度、何百年も色が変わらないという油絵具や印画紙 ―そういうものにお金を遣うことが、なんらかの達成感を生んだりもする。まだ、なんにも生み出していないのに。
福井良之助の孔版画作品は、海外のコレクションが多いと聞く。ガリ版は日本でとりわけ発達したメディアで、欧米ではそんなに普及しなかったから、かえって「たかがガリ版だろ」という偏見がなかったのだろう。優雅な画面と、その裏に隠された反骨精神とのミックス―それは僕の思い込みに過ぎないのかもしれないが、のちに洋画の大家となる福井良之助の、若き日のパンク・スピリットにやっぱり共感してしまうのだ。